ここのところモヤモヤしてて、それを解消したいがために書きます。
とても個人的で主観的で感情的な感想
コミュニティの形成には、何かしらの共通認識・共通言語が必要だと思うんです。
それがたまたま、俺たちにとってはゲーム音楽で、2次創作だったんです。
俺たちオタクの弱すぎる絆を強くしてくれるのは強い創作物であり、その創作物を使って遊ぶことなんです。
それがたまたま、俺たちにとってはゲーム音楽であり、カバー・アレンジだったんです。
それにまつわる様々な法律はあります。
各人それぞれ差はあれど、知識も有しています。
しかしそれ以上に俺たちにとっては共通認識であり、言葉なんです。
俺は誰かと同じ思いを抱いていたいと思っています。
嘘でも何でも、一人ではないと感じたいんです。
そのために使えるコミュケーション手段の一つが俺にとってゲーム音楽なんです。
長年ずっとともに生きて、存在が当たり前になってしまっているんです。
だからこそ、今まで当たり前だと思っていた共通認識・共通言語を突然禁じられてしまった時、俺たちはものすごく困惑し、狼狽するんです。
日本人とコミュニケーションを取りたいのに、日本語を喋るなと言われるようなものだと思っています。
通告する側のやり方によっては、悪感情を抱いてしまうのも自然だと思っています。
それぞれ立場としての義務がありますし、守るべき規律もあります。
しかしこれはルールだの法律だのではなくて、感情の問題なんです。
問いただす形を取るのも、もちろん規律や事実の認識合わせという面もあるでしょうが、何より「納得したい」んです。
そこに外から理論的な指摘を入れたところでそもそも噛み合わないんです。
感情の問題は理論だけでは収まり切らないんです。
おれにとって感情的になってしまうのは、自分が納得する方向に向かうために必要な工程なんです。
感情のコントロールがうまく出来ないのはすまん。
だけど全員(俺たちも)攻撃や反撃はすべきではない、ましてやその手段に「人格への言及」や、「創作物への言及」は特に使ってほしくない。
オタクの弱すぎる絆は、誰かを攻撃したという事実だけですら、いとも簡単に壊れると思っているからです。
俺はそんなところを見たくない。
外とも内とも言えない位置から何もせずずっと見てるだけなのに、なんだか疲れてしまった。
身近なところでこんなことが起きると思ってなくて、かなり困惑している。
何も考えてないパッパラパーのこどもおじさんなので、できれば何も起こらないでほしかった。
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